1 第1部 広汎性発達障害児(PDD児)の療育
第1部01/02/03/04/05/第2部

a PDD児を育てるための生活

乳幼児期のPDD児に対する療育の話をここまでしてきました。ここでは別の視点から、
 早起き早寝
 テレビ、ビデオ、ゲーム
 健康な生活
 運動
 親子関係
これらのPDD児を育てるのに必要な 生活上の留意点についてお話しします。


 早起き早寝
人の体内時計は25時間です。一日は24時間ですから、1時間のズレがあり、このズレを直すことが必要です。そのリセットメカニズムが、朝の4時から7時の最低体温時に目覚め、太陽の光を見ることです。すると、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌が盛んになり、覚醒水準が上がり、落ち着いて、姿勢良く、イライラせずに生活を送ることが出来ます。その後、目覚めてから14時間から16時間後の夜の8時頃には、セロトニンがメラトニンに変わります。このメラトニンの作用の一つが睡眠作用で、この作用によってスムーズに眠りにつく。朝まで、レム睡眠とノンレム睡眠が繰り返す質のよい睡眠をとり、朝はすっきりと自分で起きる。このような生活リズムを作り出すことが極めて大切です。 セロトニンとメラトニンの十分な分泌の為には、このリズムと、歩く、噛む、呼吸するなどの基本的な運動が大切です。今の生活は、歩かない、噛まない生活になっています。ここ数十年、異常な社会を日本人は作ってきてしまいました。発達期にある子どもにとって大きなマイナスです。
(参考書:有田秀穂著「セロトニン欠乏脳」生活人新書)

現代日本は、幼児期においてすら、過半数が10時以降に眠るという異常な夜型社会になっています。このことを指導しても、周りの親や場合によっては保育所から横やりが入ることすら経験しました。早起き早寝が大切であることを、時間をかけて詳しく説明し、取り組んでいただきます。早寝から始めようと頑張ると、たいていは、なかなか寝てくれず、かえって寝付くのが遅くなるために、翌朝は、可愛そうだからと寝坊させ、そしてその夜も遅くなるという形で失敗します。早起きから始め、午後3時以降は絶対眠らせないことを心がければたいていは成功します。PDD児の場合に、睡眠覚醒のリズムに乱れを持つ子どもは大変多いのですが、親が決意して取り組めば、ほとんどの場合にこのリズムは身に付いて、子ども達は、気が散りにくくなり、不機嫌さが消え、スムーズにワークに取り組めるようになり、どんどん発達します。この睡眠-覚醒のリズムが身に付かなかった子どもは今のところ、記憶にありません。夜寝ないからと薬を飲んでもらう必要もありません。幼児期なら1週間で身に付きます。小学校低学年で1ヶ月、高学年で3ヶ月頑張ると気持ちよく目覚められるようになります。大人は一年かかります。

PDD児は、脳内のセロトニン濃度が低いことが判ってきています。ですから、早起き早寝を堅持することは、彼らの育ちには、不可欠のことです。  実際には、朝6時に起きてもらうのが最も効果的です。7時起床にすると、実際には7時過ぎになるし、6時半起床でも、経験的にあまり効果が見られません。父親の帰りが遅ければ、父と子が顔を合わすのは朝か、週末だけになることもありますが、これは、仕方がないと諦めるしかないです。毎日夜更かしをして父親に可愛がってもらうことのメリットと、夜は父親と会わずに早寝するデメリット、早起き早寝して寝ぼけ脳を治した時に生まれる発達というメリットを考えると、早寝のメリットが圧倒的に大きいものです。

 パチッと6時に起きる。(セロトニンの分泌)
  
 昼間はしっかり活動する。昼寝は3時まで。夕寝をさせない。
  
 夜の8時に真っ暗にして布団に入る。(メラトニンの分泌)
  
 熟睡する。(記憶の整理)
  
 パチッと6時に起きる。

朝6時に起きるようになると、それまで、「この子は朝ご飯は食べたがらないんです」と報告されていた子どもも、朝ご飯をきちんと食べるようになります。
食欲が増せば、PDD児につきものの偏食指導もやりやすくなり、しっかり目覚めて一日を過ごすことが出来るようになります。 朝起きの後の散歩や、登下校でしっかり歩くことがお勧めです。
また、「子どもが8時に寝てくれてすごく楽になりました」と感謝されることも多々経験することです。

 テレビ、ビデオ、ゲーム
いまだに、自閉症はテレビの見せ過ぎから起こるなどとおっしゃる識者がいますが、これ、まんざら、全くあたっていないことではないのです。
自閉症の原因は生まれつきのもので、遺伝的な要素が強いと言われているということを、改めて確認した上での話です。
そのような識者の論は以下のようです。

「自閉症児を育てる親に、テレビを見せないように指導した。テレビを見せず、たくさん遊ぶように。すると、みるみる改善して治ってしまった。」

実は、治ったのではなくよく発達して軽くなった。本論のはじめの部分の用語を使えば、自閉症から発達して、アスペルガー症候群を通り越して、定型発達に近いところまで来たというのが正確な表現になります。テレビを片づけてしまい、絵本の読み聞かせなど、常に親がかかわるように生活環境を変えてしまうと、はじめのうちはぼーっとしていたりもしますが、すぐに目が合うようになり、親との関わりが増え、言葉が増え、という経過をたどることは、とてもよく経験します。「テレビのコマーシャル他、何か訳のわからないことばかり喋って、話しかけてもろくに聴いてくれずに、好きな方へ走って行ってしまう」という症状は、自閉症の生の症状と考えられがちですが、どうも違うようで、テレビという環境があってこそ、生じている症状と考えるのが、妥当と考えます。ほぼ、会話の成立している自閉症児でも、自閉的ファンタジーに陥って、ゲームやカード遊びに浸り、こちらの話を聞かないことがあります。生活の中からそれらをを取り去ってもらうと、ぴたっと止み、よく話を聞くようになります。
よく発達している場合には敢えてテレビを片づけなさいとは言いませんが、発達がうまくいっていない場合、ファンタジーが激しすぎる場合など、テレビ(ビデオやDVDを含む)中心の生活から離れていただくようお願いしています。確かに効果的です。 発語がなくて、人に対して無関心な段階のPDD児の場合、テレビは片付けていただくようにお願いすることが多いです。よく発達し、小学校に入った後もテレビは1時間以内にしておくのが無難です。ゲーム機は可能な限り触れさせないことをおすすめしています。

ある学校の先生からこんな質問を受けました。
「自閉症児は視覚優位だからパソコン教材がよいと言われているし、実際に使ってみてもすごく集中して取り組むのに、使ってはいけないんですか?」このご質問対しては
「確かにパソコン教材に彼らは集中して取り組みます。しかし、その学習は対人関係抜きの学習になります。自閉の世界でどんどん学習しても対人関係の中で発揮できる力を得ることが出来なければ有効とは言えません。先生が提示して、これをしようかと呼びかけ、それに応じて頑張る姿勢をつけなければ意味がありません。」とお答えしています。もちろん、対人関係が十分に発達して上で、パソコン教材を取り込むことまでは否定していません。しかし、障害児教育の中でかなり安易にパソコンが用いられ、乳幼児期にビデオに守りをさせたように、パソコンと子どもの世界を作りすぎているとしたら、それはマイナスだと思います。

 健康な生活
今まで、発達発達となんども発達という言葉を繰り返してきました。何の発達なのかとよく考えてみると結局、脳の発達なのです。セロトニンのことも書きましたが、脳の神経細胞を作る原料、神経伝達物質を作る原料という意味で、食生活というものがとても大切になってきます。そして、伝統的な日本食が、優れた食事であることが判ってきました。キーワードは「ま・ご・わ・や・さ・し・い」です。以下に紹介します。

(豆)
脳を作る良質のタンパク質、ビタミン、食物繊維が豊富。大豆には記憶力を高めるレシチンがたっぷり。
(ごま)
神経細胞間の情報伝達をスムーズにするカルシウム、神経細胞間の働きを高めコレステロールを減らす不飽和脂肪酸、ビタミン、ミネラルも含有。
(わかめ・海藻)
脳の働きを高めるビタミンやミネラルがたくさん含まれている。ひじきにはカルシウム、鉄分も豊富でEPAも含まれている。
(野菜)
体や脳の健康に欠かせないビタミン、ミネラルがたっぷり。なるべく新鮮なものを選ぶこと。
(魚)
脳の育成に必要なタンパク質がバランスよく含まれている。特に青魚には脳の神経ネットワークを活発にするDHA、EPAが豊富。
(しいたけ・きのこ)
記憶力、学習能力を高めるビタミンB群が含まれている。脳や体の健康に害となる物質を排出する働きが期待できる食物繊維も豊富。
(いも)
いも類のでんぷんは、脳のエネルギー源としてお勧め。じゃがいも、さつまいもに含まれるビタミンCは壊れにくく効率よく吸収できる。
(参考書:「0才からの脳と心を育てる本」からの引用)


PDD児に偏食が多いのはよく知られている事実ですが、よく発達させる為には、偏食をなくしていくことは前提条件となります。また、何にどの栄養素が含まれていて、それらをバランスよくという知識も大切ですが、あまりそれに縛られると大変です。最低でも、多食材による食事、せっかくの栄養を分解してしまう添加物に注意することが大切です。無理のない範囲で実行していきましょう。

 運動
脳の発達ということを考えると、運動によって血流を盛んにすることは不可欠のこととなります。また、人間の脳の発達は、身体の運動と密接な関連を持っています。人より大きくてしわの多い脳を持つイルカの知能は人間でいうと3才程度といわれていますが、人間よりも大きくてしわが多いのになぜ、3才程度なのかというと、人のように複雑に動く手を持っていないし、人のように多種類の声を発しないことが大きな原因であると言われています。つまり、運動できる体があってこそ脳が発達しているということになります。

生活の中で歩くことがない、体を動かして遊ぶことも少ない。もともと細かい手先の運動も、投げたり走ったりという大きな運動も苦手なPDD児が多い中、動かなければ筋力もつきません。6年生の子と買い物に行っても、帰りに買い物袋を持たせることすらできないなどということもよくあります。障害云々はおいておいても、買い物袋くらい持てなければ生きていけません。それほど極端でなくても、運動能力も筋力も、ほおっておいたら向上しません。自立生活の為にはどんな仕事でも選り好みせずに出来ることが必要です。逆の場合、何を勧めてもシノゴノと理屈っぽく、口だけ達者で体を動かさないめんどくさいPDD者になりかねません。自立から遠くなり、将来が暗くなります。そんな自閉症児を見ると、療育で知的に発達したことが、返ってその子にとってマイナスに作用してしまわないかと心配してしまいます。知的に発達してなくてもきびきびと動ける自閉症者であれば働いて収入を得ることも出来ますし、家庭にいても福祉サービスを受けながら老後の両親を助けて生活していけます。「適応状態の良い自閉症者」です。そういう健全さがなくて、体が動かずに文句を言うだけの高機能自閉症者は、福祉サービスも受けられず、ヘンなことにのめり込んで、老後の両親をいつまでもはらはらさせて生活していくことになりかねません。小学校時代は家族で運動し、中学では運動部に入ることをお勧めします。

手先の運動が苦手なこども達には、紙飛行機遊び、紙鉄砲、折り紙、あやとり、アイロンビーズ、トランプのシャッフル、コマ遊び、けん玉、お手玉などなど、一つ一つ練習することで着実に上手になり、手先は起用になっていきます。これも、毎日の継続した努力によるものです。 これら、苦手なことをさせるわけですから、親主導の中に、褒め上手という技術がとても大切になります。こまめに褒めること、わかりやすく褒めることがポイントになります。

 親子関係
学校での先生との関係などにおいての、「教える-教えられる」関係については、どれほど強調しても足りない気がします。TEACCHで構造化ということが強調されています。ワークをさせる時に、はじめにこれとこれとこれをするよとわかりやすく提示して、やり終わったら右から左へと片づけて、全部終わったら、終了とするという手法は、構造化の手法としては一般的ですが、最近ではわざとこれを崩しています。スケジュールという「もの」を確認して、安心を覚えて頑張るという「ものとの関係」はなく、先生がするようにと要求してくれたものを頑張って達成して、先生とお母さんに褒めてもらうという「人との関係」で安心を得ることが大切だからです。
相談室で出会ったとき、呼名に対して1回で返事をするか、シャキッと座っているか、少々課題をしたときにすぐに「いつ終わるの?」と早く終わることばかり気にしていないか、嫌そうな顔つきで取り組んでいないかなどは、大切なチェックポイントです。
さて、「教える-教えられる」関係を作るというと、自発性なく指示を待つばかりの指示待ち人間を作るのではないかと思われがちですが、「教える-教えられる」関係を作った上で、発達がきちんと作られていれば全く問題ありません。きちんと関係を構築した上で発達すれば、指示待ち人間にはなりません。つまり、「教える-教えられる」関係は指示待ち人間を作らないということになります。


その後
知的障害を克服し、社会性の障害のみが課題として残る状態で就学を迎えることが出来るのが理想です。が、必ずしも就学時に追いついていなくても、就学後も発達は終わるわけではありません。小学校低学年の頃はIQが70台だったけれども、中学生時点では、100を越えるところまで達し、立派に公立高校に入学していった子どももいます。知的障害の克服が、達成できていない場合には、知的な発達にも力を入れながらも、社会の中で生きていけるような社会性、学力、勤勉さ、体力を付けていくことが学齢期の課題となります。